旅立ちなんて綺麗なものじゃない

——子供の頃、なんになりたかった?
なんにもなりたくなかったわ。とにかく大人になんて、なりたくなかった。
——今は?
今も。
 
 何かをする気になれず、懇々と本を読む日がある。それが今日で、紅玉いづきの『2Bの黒髪』を延々と読んでいた。大学受験に失敗した女の子が、曖昧な気持ちを持ったまま再受験をするお話で、『19』というアンソロジー小説に収録されている。当時、自分と同じ年齢がテーマということで購入したのだが、その巡り合わせは本当に運が良かった。

 専門学校を卒業してからアルバイト暮らしを続けてきた私だが、覚悟を決め就職活動を始めた。そして先日、無事内定をもらったのだった。11月から正社員として都内で働くことになっている。接客のお仕事、むろん本当になりたかった職業ではない。
 
 なれるならという話であれば、私は小説家になりたかった。お願いしてなるようなものではないし、そんなことこっちから願い下げだけど、私は小説家になりたかった。

 でも私は、大人なんだ。行動の裏には常に、責任ってやつが付きまとい、あるいは求められる。だから、アルバイトをしながら死んだように小説を書いていたとしても、親や世間からは虐げられた目で見られても、それはもっともだとしかいいようがなかった。自分なりに必死にやっているつもりだったが、いつまで子供でいるのだと怒られているようで、なんだか悪いことをしている気分だった。ゴミみたいな人間が、ゴミを生み出している。お前の小説はゴミだ。そんなことを父親に言われた。わかっていた。望んだのは私だ。でもゴミでも良かった。ゴミでもいいから、私の頭の中に住む彼らには笑っていて欲しかった。それだけだった。それが生きる理由とすら思えるほどに。

 一人で生きたい、と急に思い立ってからは早かった。このままではやるべきことも、やりたいことも、どちらもいい加減になっていってしまう気がした。私は自分のことを信用していないので、動けるときに動いておきたいと思ったのだ。後手に回ると、止まって動けなるかもしれない。動くのは疲れるけれど、怠惰もまた同等かそれ以上に疲れるということを私は知っている。
 
 夢は捨てたくない。少し遠のくかもしれないけれど、必ず叶えたい。その過程に、独り暮らしがあったり、正社員としての責任があったりするのを思うとむしろ、ドキドキしてくるようではないか。
 
——子供の頃、なんになりたかった?
なりたいものなんてなかった。早く死にたかった。
——今は?
小説家になりたい。少し回り道をしてしまうけれど、小説家になりたい。
——死にたいって気持ちは?
あるよ。楽しい話ばかりじゃない。だって人生ってつらい。朝が来て欲しくない。でも、残酷な世界の中でこそ時偶訪れる素晴らしい瞬間に涙が出そうになる。それを美しいと思う。
——だから、君は。
そう、だからこそ頑張らなくちゃ。同じように朝が来て欲しくない時がある人を、応援したい。負けるなって。いっしょに頑張ろうって。
——欲張りだね。
考えたことがないよ。
 
 人の情熱に触れると自分も頑張ろうと思う。それが小説の中の登場人物のものであっても、何ら変わらない。